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東京地方裁判所 平成3年(行ウ)40号 判決 1993年11月24日

原告

中川悟

中川美由紀

原告ら訴訟代理人弁護士

保持清

大口昭彦

三上宏明

鈴木淳二

遠藤憲一

藤沢抱一

阿部裕行

加城千波

亀田信男

高橋美成

秀嶋ゆかり

被告

右代表者法務大臣

三ケ月章

右指定代理人

矢吹雄太郎

外六名

主文

一  被告は、原告中川悟に対し金三三万円及びこれに対する平成三年二月一七日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告中川美由紀に対し金三三万円及びこれに対する平成三年二月一七日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告中川悟(以下「原告悟」という。)に対し金五五万円及びこれに対する平成三年二月一七日から右支払済みまで年五分の割合による金員、原告中川美由紀(以下「原告美由紀」という。)に対し金五五万円及びこれに対する平成三年二月一七日から右支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

第二  事案の概要

本件は、懲役刑確定者として当初東京拘置所に、その後青森刑務所に収容された原告悟が、右収容中に、妻である原告美由紀との接見及び信書の発受を拒否されたことは違法であり、これは東京拘置所長及び青森刑務所長の故意又は過失によるものであって、これによって原告らは多大の精神的苦痛を受けたとして、被告国に対しそれぞれ慰藉料及び弁護士費用の支払を請求する事案である。

一  懲役刑確定者の処遇に関する法制

監獄法(以下「法」という。)は、受刑者と外部者との接見について、「在監者ニ接見センコトヲ請フ者アルトキハ之ヲ許ス」(四五条一項)、「受刑者及ヒ監置ニ処セラレタル者ニハ其親族ニ非サル者ト接見ヲ為サシムルコトヲ得ス但特ニ必要アリト認ムル場合ハ此限ニ在ラス」(同条二項)と規定しており、信書の発受については、「在監者ニハ信書ヲ発シ又ハ之ヲ受クルコトヲ許ス」(四六条一項)、「受刑者及ヒ監置ニ処セラレタル者ニハ其親族ニ非サル者ト信書ノ発受ヲ為サシムルコトヲ得ス但特ニ必要アリト認ムル場合ハ此限ニ在ラス」(同条二項)と規定している。

二  前提となる事実関係(証拠により認定した事実は、その項の末尾に証拠を掲げた。その他は、当事者間に争いがない。)

1  原告悟は、昭和五六年四月富山大学経済学部に入学し、現在休学中の者であるが、いわゆる浅草橋駅焼討事件に参加して、別紙記載の罪となるべき事実に基づき兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、現住建造物放火の罪について公訴を提起され、昭和六三年三月二五日当庁において右の罪により懲役五年の刑に処する旨の判決の宣告を受けた。同原告は、その判決に対し控訴し、上告したが、いずれも棄却され、その判決は、平成二年五月二二日確定した(大学入学及び休学の事実について、乙一の一、二、原告美由紀本人)。

2  原告悟は、右判決確定により、東京拘置所において、平成二年五月二三日以後懲役刑の執行を受けた。同原告は、同年七月三一日青森刑務所に移送され、そこで平成四年五月一七日まで収容され、翌一八日刑の執行の満期終了により出所した。

3  原告悟(旧姓竹森)と原告美由紀とは、平成二年五月一日婚姻の届出をした。原告悟は、同年六月六日東京拘置所長に対し、右婚姻の事実を報告した。

4  原告悟は、懲役刑の執行中に面会や文通をする相手方として、実父母のほか、妻として原告美由紀を申告したが、東京拘置所長から、同原告との面会や文通は認めない方針であると知らされた。

東京拘置所長がその方針を決定したのは、次のような理由による。すなわち、原告悟は、革命的共産主義者同盟中核派(以下「中核派」という。)の構成員又は同調者であり、原告らの婚姻の届出は、同原告の受刑中も中核派との関係を維持し強化する目的で、外部交通を確保するために行われた可能性が高いと認められた。また、原告美由紀は、浅草橋駅焼討事件を正当視し、中核派に共感して、その関係者を支援している者であって、このような者と原告悟との外部交通を許可するのは、同原告の教化改善を図って社会への適応性を回復させるという行刑の本旨に反する結果となると認められた。以上の理由によるものである(方針決定の理由につき弁論の全趣旨)。

5  原告悟は、青森刑務所へ移送後、同刑務所における外部交通の相手方として、実父母のほか、妻として原告美由紀を申告したが、青森刑務所長は、同原告との外部交通は認めない方針を決定した。

その方針を決定した理由は、次のとおりである。すなわち、原告悟は、中核派によって組織的かつ計画的に行われた規模の大きい犯行であるいわゆる浅草橋駅焼討事件に参加して懲役刑に処せられたものであり、刑確定後の東京拘置所及び青森刑務所における身上調査において、中核派への加入の動機、中核派とのかかわり、出所後の生活方針等について完全に黙秘していて、社会復帰後も中核派に所属し又は同調し、引き続き同派の活動に参加する意思を有していると認められた。したがって、同原告の改善更正のためには中核派から離脱することが必要不可欠であり、そのためには、中核派の活動を正当視する関係者との外部交通を遮断する必要があった。原告美由紀は、浅草橋駅焼討事件を正当視し、中核派に共感して、その関係者を支援している者であり、原告らの婚姻の届出は、原告悟の受刑中に中核派との関係を維持し強化する目的で、外部交通を確保するために行われたものであるから、同原告と原告美由紀との外部交通を許せば、原告悟と中核派組織との連携が維持されるばかりでなく、なお強化されることとなるのは必至であって、同原告の矯正教育上有害な事態となると認められた。以上の理由によるものである(方針決定の理由につき弁論の全趣旨)。

6  原告美由紀は、平成二年六月一三日、同月三〇日及び同年七月三日に東京拘置所長に対し、原告悟との接見を申請したが、許可されず、同年九月一六日及び平成三年八月一六日青森刑務所長に対し、同原告との接見を申請したが、許可されなかった。この不許可は、いずれも右4及び5の方針に基づくものである(不許可の理由につき弁論の全趣旨)。

7  原告悟は、懲役刑確定後間もなく、原告美由紀へ信書を発信することを申請したが、東京拘置所長によって不許可とされた(原告悟本人)。

三  争点及びこれに対する当事者の主張

1  争点一

法は、在監者と親族との接見や信書の発受の許否についても、監獄の長の裁量権を認めているものと解すべきか。

(原告らの主張)

(一) 法四五条二項及び四六条二項は、在監者に対し、親族については、例外なく接見させること及び信書の発受をさせることを規定している。したがって、法は、在監者と親族との接見や信書の発受の許否についても、監獄の長の裁量権を認めていないものと解すべきである。

(二) 被告は、親族との接見や信書の発受の許否についても、監獄の長に裁量権が与えられていると主張するが、以下のとおり、そのような解釈をとることはできない。

(1) 自由刑とは身柄の拘禁に尽きる。外部交通を遮断して受刑者を隔離することによって、精神的苦痛を与えることはその目的とされるべきではない。この見地からすれば、ことに親族との接見や信書の発受は、行刑目的である受刑者の改善更正に与える影響がどうであるかといったことを考慮することなく認められるべきである。

(2) 国際連合総会において昭和六三年一二月九日我が国も加わって全員一致で採択された「あらゆる形の拘禁・受刑のための収容状態にある人を保護するための原則」は、我が国において、被拘禁者の処遇についての解釈指針として法的拘束力を有すると解される。この保護原則一は、拘禁や受刑により収容されている者は、人道的かつ人間固有の尊厳を尊重して処遇されなければならないことを、同一五は、拘禁された者又は受刑者は、外部の者特にその家族と面会、通信する権利を有することを定めている。また、国際連合経済社会理事会において昭和三二年七月三一日に決議された被拘禁者処遇最低基準規則は、国際慣習法としての性格をもつから、我が国においても、確立された国際法規として誠実に遵守されるべきであるし、そうでないとしても、我が国における被拘禁者処遇に関しての指針として法的拘束力を有すると解される。右基準は、被拘禁者とその家族及び社会一般との結びつきを維持し強めること(七九条、八〇条)、受刑者は、その家族の利益及び自己の社会復帰を促進するような施設外の個人・機関との関係を維持又は樹立するよう奨励され、援助を受けること(八〇条)、受刑者の処遇は、社会からの排除ではなく、社会との継続関係を強調するものでなくてはならないこと(六一条)を定めている。

監獄法をこれらの指針によって解釈すれば、親族が被拘禁者と面会し、信書を発受することを拒否する法的根拠のないことは明らかである。

(被告の主張)

(一) 法は、在監者の接見を一般的に禁止し、その許否の決定を監獄の長の裁量に委ねている。受刑者の接見を許す場合にあっても、その相手方は原則として親族に限るものとしているが、これは、親族との接見が受刑者の改善更正に好ましい影響を及ぼすであろうことが期待できるとされているためであって、親族であれば何人でも接見が許されると解すべきではなく、処遇上、特に教化上不適当と認められる者の場合には、その接見を不許可とすることができる。また、信書の発受についても、法は、教化上不適当と認められる者であれば、それが親族であっても、その発受を不許可にできるものとしていると解すべきことは、接見の場合と同様である。

(二) 在監者は、刑務所への収容自体によって生じるその基本的人権への制約の他に、刑務所が限られた職員数、物的施設及び予算によって管理運営されていることに伴うやむを得ないその基本的人権への制約をも受忍しなければならない。また、自由刑の執行の目的の一つに、受刑者の社会復帰のための教化改善があるから、そのために必要な範囲及び限度において、在監者の基本的人権を制約するのもやむを得ないことである。監獄の長は、以上のような刑務所の管理運営及び在監者の教化改善のため、在監者の基本的人権を制約することについて裁量権を有する。

2  争点二

親族の接見や信書の発受の許否について、監獄の長に裁量権が与えられているとの解釈をとることができるとした場合において、その裁量権の行使にどの程度の制約があるか。

(原告らの主張)

(一) 仮に監獄の長にそのような裁量権が与えられているとの解釈をとることができるとしても、監獄内におけるそのような基本的人権の制限は、これを制限しなければ監獄内の秩序の維持のうえで放置することのできない程度の障害が生じる相当の蓋然性があると認められるときに限り、その障害発生の防止のため必要かつ合理的な範囲においてのみ許容されるものと解すべきである。

したがって、本件においても、原告らの接見を認めることが何故に監獄内の秩序の維持のうえで放置することのできない程度の障害が生じる相当の蓋然性があることになるのか、接見制限が右障害発生の防止のために必要かつ合理的であるのかの点について具体的な主張・立証がされなければならない。

(二) 刑罰の目的として社会復帰処遇を強制することは憲法上許されない。このような処遇の強制は、特定の処遇を強制しなければ、特定の犯罪を再び犯すであろうという具体的危険性が存在しなければ許されないが、現行法上、個々の受刑者が再犯の具体的危険性を争う手続的保障がないから、反証を許されない再犯の可能性を一律に推定して処遇の強制を行うことは、適正でない手続によるものとして憲法三一条に違反する。また、再犯の具体的危険性の有無の認定や再犯の防止が技術的に可能であるかどうかが不明であるのに、再犯防止を目的とした処遇を強制するのは、化学的に不確かな要件と効果とを前提として国家が国民の自由に干渉を加えるものであって、必要最小限の原則を充足しない。

したがって、社会復帰処遇を名目とする監獄の長の裁量権の行使は許されない。

(被告の主張)

受刑者の処遇の目的の一つに、その改善更生による社会復帰を図ることがあることは、前記のとおりであり、ある外部交通を許可すると、この目的の達成を阻害するおそれがあるような場合には、刑務所長は、その裁量により、これを不許可とすることができる。

3  争点三

原告らの外部交通を許可しなかった東京拘置所長及び青森刑務所長の各処分の法適合性の有無

(原告らの主張)

(一) 仮に原告悟が中核派に所属しており、被告のいう同原告の改善更生が、同原告に対し中核派から脱退することを強制したり、精神的に働きかけたりすることを意味するのであるならば、中核派がどのような主義主張を有する団体であろうと、それは個人の内心への公権力による介入であって、同原告の理想良心の自由権と結社の自由権への侵害として違憲違法である。

仮に同原告が中核派の同調者であり、被告のいう同原告の改善更生が、同原告に対しその同調者であることを止めるよう働きかけることを意味するとするならば、中核派がどのような主義主張を有する団体であろうと、それは個人の思想形成の自由を公権力によって剥奪するものであって、同原告の思想良心の自由権への侵害として違憲違法である。

したがって、以上のような違憲違法な改善更生の手段として原告らの接見を認めないとすることは許されない。

なお、中核派は、被告の主張するような主観的に正義と信ずる主張や信条を直接的暴力的行動により実現することを表明したり、実行したりしたことはない。

(二) 被告は、原告らの婚姻が、原告悟の受刑後の外部交通を確保することを目的としたものであると主張する。しかし、原告らの婚姻がその真実の婚姻意思に基づくものであることは、被告もこれを争わないところであり、婚姻が、真に婚姻意思に基づくものである限り、夫婦が外部交通を確保したいと考え、そのための手段を尽くすのは当然のことである。まして、原告らは、同原告の逮捕以前から単なる友人という関係を越えた事実婚の状態にあったのであって、同原告が刑事被告人として東京拘置所に収容中に婚姻届を出して法律上も夫婦となることを合意していたが、両親の了解をとってから届出を出すこととしたため、同原告に対する刑事判決確定の直前まで届出が遅れたこととなったに過ぎない。このように、東京拘置所長らの本件各処分は、その事実の基礎を欠くものとして、違法である。

(三) 原告らは、夫婦であるから、原告悟の刑務所への収容中面会し、信書を発受したいと希望するのは当然のことであり、これを許さないとするのは違法な裁量権の行使というべきである。

(被告の主張)

(一) 中核派は、その傘下に日本マルクス主義学生同盟及び中核派全学連を置き、「前進社」を本部拠点として昭和六一年当時において構成員約三五〇〇名からなる団体である。その運動論の基調は、現代を革命前夜的ととらえ、大衆運動第一主義を主張し、「闘うアジア人民と連帯し日帝のアジア侵略を内乱へ」との戦略をそのスローガンに掲げ、後進国人民との連帯による革命を訴えている。また、「プロレタリア革命は暴力革命でのみ実現できる。」として、暴力革命を唯一の方法とし、実態は明らかではないが、非公然の軍事組織をもってゲリラ活動を継続的に敢行しているものと推認される。

中核派は、昭和四二年一〇月の佐藤首相訪越阻止闘争(いわゆる第一次羽田闘争)、同年一一月の佐藤首相訪米阻止闘争(いわゆる第二次羽田事件)を始めとして、成田空港完全廃港、第二期工事阻止決戦等を掲げたいわゆる成田闘争(三里塚闘争)に至るまで大規模で過激な闘争を敢行してきた集団である。また、昭和六〇年以降のゲリラ事件に関し、中核派がいわゆる犯行声明をした件数は、平成二年までの六年間に二八三件に達している。

(二) 原告悟の参加した浅草橋駅焼討事件は、中核派が、国鉄分割・民営化反対闘争の一環として、国鉄浅草橋駅の施設や駅舎に放火し、破壊しようとし、実行部隊として一〇〇名を越える構成員又は同調者を拠点に集め、部隊編成や実行行為等を詳細に打ち合わせたうえ、東神田の路上及び同駅の構内において、出勤する警察官多数や同駅駅舎等に共同して害を加える目的を持って、鉄パイプや火炎びん等を携帯して集合し、その後同駅の駅舎内でガソリンと灯油を散布したり、火炎びんを投げるなどして、駅員の居る駅舎建物を炎上させ、もって、同駅舎のうち相当部分を焼損させたほか、天井や屋根、壁面等を壊したものであり、組織的かつ計画的で、規模が大きく、人の身体や財産に対する侵害の危険性の高い悪質なものであって、原告悟等参加者の責任は重大である。同原告が中核派の構成員又は同調者であることは、右事件の第一審及び控訴審判決の認定するところであり、同原告の中核派の機関紙への投稿の内容からも明らかである。

(三) 原告美由紀の住居所は、浅草橋駅焼討事件の前後を通じ原告らの肩書住所地にある富山大学学生寮「新樹寮」であるが、同寮は中核派の活動拠点となっており、同原告自身にも昭和六二年逮捕監禁被疑事件による逮捕歴があり、その逮捕の際地元において、県警察本部の警備課から中核派の活動家と目されていると報道されている。同原告は、また、いわゆる成田闘争の中核派支援拠点である天神峰現地闘争本部に出入りしており、浅草橋駅焼討事件の未決段階における原告悟との面会及び発受された信書の内容は、同事件の裁判の内容、中核派の動向、獄内闘争に関するものが主であった。以上によれば、原告美由紀も、中核派に所属する者かその同調者であると認められた。

(四) 原告美由紀は、原告悟が公訴を提起された前記刑事事件についての上告が棄却される前日に同原告との婚姻を届け出ており、これは、同原告が受刑者となると、原則として親族以外の者との外部交通が認められないことを危惧して急遽行われたもので、実質的には、同原告と中核派との関係の維持強化のために行われた可能性が高いと認められた。

(五) 本件各処分は、以上のような事情を考慮し、原告らの外部交通を許可すると、原告悟と中核派組織との連携関係が維持・強化され、同原告の教化・改善を図るという行刑の目的に反し、同原告の矯正教育上も有害と認められたことから、行われたものであり、東京拘置所長又は青森刑務所長が、その裁量権の範囲内において行ったものとして適法である。

4  争点四

本件各処分によって原告らの被った損害の有無・程度

(原告らの主張)

(一) 原告らは、本件各処分により、夫婦という最も密なる間柄を故なく引き裂かれ、約二年余の受刑期間中夫婦間の愛情の交信・面会による交歓が全く許されないという異常な状態を強いられ、甚大な精神的苦痛を味わった。

(二) 原告悟は、ことさらに実家のある富山から遠方である青森刑務所に収容されたため、高齢で、病弱であり経済的にも余裕のない両親が面会に赴くことはほとんど不可能であった。したがって、同原告は、両親との意思疎通も、原告美由紀を通じて行うしかなかったのであるが、その外部交通も不許可にされたため、親子の面会すら断念せざるを得なかった。原告悟は、このような苦痛により、出獄後体調や精神状態に変調を来し、精神科医等に通院を続けており、対人関係の形式にも苦慮している状況にある。

(三) 原告美由紀は、東京拘置所による面会不許可の際、これに抗議したことから多数の拘置所職員に暴力的に庁外に退去させられるという苦痛を味わい、原告悟が青森刑務所に収容されてからは、交通不便のところを多大な時間と費用をかけて足を運びながら、接見を拒否されて、無為に帰らざるを得なかった。

(四) 以上のような原告らの被った精神的苦痛は、これを金銭で評価すれば、各自五〇万円を下ることはない(他に弁護士費用として各五万円)。

(被告の主張)

仮に原告らがその間の外部交通を許可されなかったことによって若干の精神的苦痛を味わったとしても、このような苦痛は、懲役刑受刑者としての拘禁の目的に伴い、当然に受忍すべき範囲内のものであって、金銭をもって慰謝するに値しない。

第三  争点に対する判断(証拠により認定した事実は、その項の末尾に証拠を掲げた。)

一  争点一について

1  罪を犯した者に懲役刑を科することの主たる目的が、いわゆる応報の理念に基づき罪を犯した者に対しその犯した罪の性質内容に応じて懲罰を加えることにあることはいうまでもないところであるが、懲役刑には、教育刑としての側面すなわち受刑者の教化や改善更生のための処遇としての側面もあることについては、その占める重要性の程度についてはともかく、それ自体は異論のないところであろう。

受刑者の教化や改善を図る具体的な方法は、それぞれの受刑者の身上、性格、社会的背景、その犯した罪の内容等の個別の事情によって、様々に異なるものであろうから、ある受刑者の教化改善のためにどのような方法を選択するかは、刑務所の長の裁量に委ねられているものと考えられる。

2  法四五条ないし四七条及び五〇条の規定によれば、法は、受刑者と親族以外の者との接見や信書の発受は、特に必要があると認める場合以外はこれを許さないこととしており、その反面において、親族との接見や信書の発受については、個々の信書の内容で不適当と認めるものについてその発受を許さないことがあり、収容施設の物的・人的制約の為にその接見の度数、時間、場所、信書発受の回数等について制限を加えることがあるほかは、特に一般的にこれを禁止することとはしないものとしていると解される。

しかしながら、法は、接見や信書の発受について、その都度申請をさせて、刑務所の長の許可を経る建前を採用しており、このことからすれば、法は、親族との接見や信書の発受についても、その許否について刑務所の長の一々の判断を経る必要があるものとしていると解される。そして、親族であるといっても、その社会的背景や職業等は様々であるから、その者と受刑者との社会における関係上、受刑者とその者とを接見させ、あるいはその者と信書の発受をさせることが、受刑者の教化改善に悪影響を与えると判断される場合もあり得よう。

3  これらのことに、前記のとおり、受刑者の教化改善のための方法の選択が刑務所の長の裁量に委ねられていることを併せて考慮すれば、法は、親族との接見や信書の発受についても、なお、刑務所の長が受刑者の改善更生の見地からする裁量により、その許否を決することができるものとしていると解すべきである。

4  原告らが主張する保護原則又は被拘禁者最低基準規則は、国際連合やその経済社会理事会において採択されたものとして、我が国においても尊重されるべきものである。しかし、その趣旨を直接具体化する国内法が制定されるまでの間においては、そこに規定された内容は、これをもって、監獄法の規定の解釈を左右するような効力をもつものとは解されない。よって、この点に関する原告らの主張を採用することはできない。

二  争点二について

1  刑務所に収容中の受刑者も、憲法の保障する基本的人権を享有するものであり、刑務所の長は、法がその拘禁の目的から認めている必要やむを得ない制限を除き、受刑者の基本的人権を侵害するような処分等をすることを得ないものと解される。

2  前記のとおり、法は、刑務所の長に対し、受刑者の親族であっても、これとの接見や信書の発受を制限する裁量権を付与していると解すべきであるが、それは、その親族と受刑者との接見や信書の発受を許すことが、受刑者の教化改善のうえで支障となることがあるということによるものであるから、刑務所の長が、受刑者とその親族との接見や信書の発受の許否を決するについて行使する裁量権は、その限度で制約を受けるものと解される。したがって、その接見や信書の発受を不許可とした際にした裁量権の行使が、受刑者の教化改善の見地からしても、およそ事実の基礎を欠くものであったり、全く合理性を肯定できず、社会観念の上からみて裁量権の範囲を逸脱し、或いはこれを濫用したと評価せざるを得ない場合には、その不許可処分は違法となるというべきである。

三  争点三について

1  原告悟が中核派の構成員か又は同調者であるとの事実について、同原告は、必ずしもこれを肯定しないが、同原告が参加し、そのために懲役刑の受刑者となることとなったいわゆる浅草橋駅焼討事件が、中核派によって計画され、実行されたものであることからも、同原告が少なくとも中核派の同調者といい得る立場にあることは窺われるところであり、右懲役刑を宣告した刑事判決も、証拠により同原告が中核派の構成員か又は同調者である旨を認定しており、中核派の機関紙であることが当裁判所に顕著である「前進」の平成二年三月一九日付け紙面に、同原告が書いたものであると自認する「日本革命の展望を」と題する文章が登載されていることを併せれば、右事実は優に認定することができるというべきである(乙一の一、二、乙八)。

また、原告美由紀についても、原告悟が未決拘留の段階にあるときに接見した際にした発言の内容や、本人尋問において、現に成田闘争に参加し、いわゆる団結小屋に詰めている旨を述べていることなどからすれば、同原告同様に少なくとも中核派の同調者といい得る立場にある者と認められる(乙六、原告美由紀本人)。

2  中核派は、特定の政治的主張を掲げて抗議行動などの大衆運動等を繰り広げている政治団体であるが、その主張やとっている行動には、先の浅草橋駅焼討事件のように直接的な暴力行動に及ぶなど、我が国法秩序と相容れないものもあること、同派は、実態は明らかではないが、ゲリラ的な行動をとる非公然の組織を擁し、これを多数回にわたり、テロ行為等の非合法な活動に従事させていることが認められる(乙四、乙五、乙一四)。

3 中核派が、右のようにその構成員又は同調者に暴力行動等犯罪となるおそれの強い行動をとらせる組織であり、原告悟は、中核派の同調者として、その主導する行動に参加した結果、懲役刑を受刑していることからすれば、東京拘置所長及び青森刑務所長が、同原告の更生のためには、同原告が中核派から離脱することが必要であるとし、そのような方針の下に、同原告の教化改善を図ったとしても、そのこと自体は、その判断の基礎とした事実の把握ないしその評価が全く誤っているとはいえないのであって、そのような事実の認識や評価に基づく裁量権の行使の結果がおよそ不合理であるとか、社会観念上その行使に逸脱濫用があるとかいうことはできないものというべきである。

4  しかしながら、原告悟の教化改善のためという理由であっても、法律上の夫婦である原告らの接見や信書の発受を一般的に許さないとすることに合理性を肯定できるかどうかは、また、別途検討を要する問題である。

刑務所における受刑者の教化改善は、その精神面における変化がなければ実効をあげ難いものというべきであるが、そのような精神面における変化は、直接強制してもたらされるものではないし、またそのように変化すべきことは外部から強制してはならない分野に属するものであることはいうまでもない。したがって、受刑者の教化改善は、何といっても受刑者自らの努力に待つところが大きく、刑務所における処遇として受刑者にすることのできることも、結局は、受刑者が自発的に更生に向けて発奮し、努力することを促すことに尽きるものと考えられる。そうであるとすると、刑務所の長が、受刑者の教化改善のためにすることのできることにも、自ずから限界があるといわなければならない。

5 親族ことに配偶者との接見や信書の発受は、法においても原則的にこれを認めるべきことを前提として規定しており、夫婦関係は、情愛を基礎とする最も緊密な人間関係であるから、受刑者の地位にある者であっても、刑務所施設の運営や規律・秩序の維持の上から必要な制限の下においてではあれ、通常はその配偶者と交流することが否定されるべきではないとするのが社会通念に合致するというべきではないかと思われる。したがって、本件のように、受刑者に対し、その配偶者との接見や信書の発受を一般的に許容しないとするのは、よくよくのことであって、そのような接見や信書の発受が受刑者の改善更生に決定的な悪影響を与えることが明らかであって、これを許さないとすることもやむを得ないといえるような場合でなければ、そのような取扱いをすることは、刑務所の長の裁量権の行使としての限界を越えるものと評価されざるを得ないこととなろう。

6  被告は、原告らの婚姻の届出が、原告悟の刑事事件についての上告が棄却される前日であったこと及び原告美由紀が中核派の構成員又は同調者であることを理由として、その婚姻は、原告悟が受刑者となった後の中核派関係者との外部交通を確保するためのものであり、同原告がそのような外部交通をすると、その中核派からの離脱を図るという前記教化改善の方針に反する結果となるものであったと主張する。

しかし、仮に原告らに夫婦の情愛の基礎があるとすれば、同原告が受刑者として収容された後に、接見や信書の発受を継続したいと欲するのは当然のことであろう。

原告美由紀は、原告悟が未決勾留にある段階において、内妻或いは婚約者と申告して、多数回にわたり同原告と接見しており、なかには同原告の母と同行したこともあったことは、乙第一〇号証によって認められ、各刑務所の長も記録により当然そのことを承知していたものと考えられる。また、乙第一一号証によれば、乙第一〇号証において原告美由紀と共に知人として平成二年三月一五日に原告悟と接見した二名は、その接見における問答の内容から、原告美由紀の兄弟姉妹に当たる者であり、その接見は、結婚に関し、原告らが親族の了解を得ようとしているため、これに対処する目的でされたものであることを認めることができ、このことは、各刑務所の長も記録上承知し得たものというべきである。

原告ら本人尋問の各結果によれば、原告らは、同時期に富山大学に入学し、同じく大学の学生寮である新樹寮に入寮して、同寮の運営に関する学校の方針に反対する運動に参加するうちに知り合って親しい関係となり、共に学生運動に参加し、昭和六〇年の春頃には、入籍するかどうかはともかく、将来結婚することを話しあう間柄になっていたことが認められるのであって、以上のような事実によれば、原告らには、婚姻の届出をするについて裏付けとなるべき夫婦の情愛に欠けるところがなかったことを認めるに充分である。

7 確かに、原告美由紀は、中核派の構成員ではないとしても、少なくともその同調者であって、積極的に同派による運動に参加しているものであるから、同原告を原告悟に接見させ、或いはその間の信書の発受を認めれば、同原告の中核派との離脱という、その改善更生上望ましい事態については有益な結果をもたらすものとはいえないであろう。しかし、そのような接見等が受刑者の改善更生にとって決定的な障害となるということは、受刑者が、その自助努力によって改善更生を目指しており、そのまま進めば、更生が期待できる状態にあるが、いま配偶者と接見させれば、受刑者の気持ちが挫けたり、乱れたりするため、更生が困難になると危惧されるような、そのような状況にある場合において初めていえることであろう。

原告悟は、前記のとおり受刑中である平成二年三月において、中核派の機関紙に、中核派と共に戦う意思を表明する文章を発表しており、同原告が収容中中核派から離脱する可能性があることを窺わせるような言動のなかったことが証人高橋祐治の証言や原告本人尋問の結果によっても認められるのであるから、同原告について、原告美由紀と接見等をさせなければ、中核派から離脱するであろうと予測できるような要素はなかったといわざるを得ないのである。例え、同原告が中核派の同調者であるとしても、原告らは夫婦なのであるから、中核派における運動とは離れた、夫婦間に独自の事柄について会話し、書簡を交換することも当然あり得ることであって、夫婦にそのような機会を確保することが、他面において同原告と中核派との連携を強化するという望ましくない事態をもたらすことがあるとしても、それはやむを得ないものとする他はない。

8 以上によれば、原告らの夫婦としての会話や書簡の交換をおよそ一般的に許さないとした本件の各刑務所の長の措置は、著しく過酷であって、その裁量権の範囲を越えており、違法と評価されてもやむを得ないという他はない。そして、前記のとおり、東京拘置所長及び青森刑務所長のいずれも、東京拘置所にある原告悟の未決勾留時の外部交通の記録から、原告らの婚姻前の交渉や間柄を推知することができたはずであり、そのことに加え、同原告や接見に来た原告美由紀に事情を聴取すれば、原告らの婚姻の実態を承知することが可能であったと認められる。そして、そのような夫婦としての関係にある原告らについて、一般的に接見や信書の発受を許さないとする違法な措置を選択したことには、過失があるといわなければならない。

四  争点四について

1  原告らは、平成二年六月一三日、同月三〇日及び同年七月三日東京拘置所において、また、平成二年九月一七日及び平成三年八月一六日青森刑務所において、その都度原告美由紀から原告悟との接見を願い出たが許可されなかったために夫婦間の情愛に基づく面会をすることができず、それぞれ精神的な苦痛を受けたと認められる。

原告美由紀は、少なくとも平成二年六月一三日、同月三〇日、同年九月一七日及び平成三年八月一六日の四回については、遠方の富山から原告悟との接見のために費用を費やして同原告の収容先に赴いたものの、その目的を達せずに徒労に終ったことが明らかである(原告美由紀本人)。これらの事情を考慮すると、本件各処分によって原告美由紀が受けた精神的苦痛は金三〇万円をもって慰藉されるのが相当である。

原告悟も、東京拘置所及び青森刑務所で服役していた受刑者であって、許可なくして外部交通をすることができない境遇に置かれていたものであるから、外部交通はその外界との接触を保つ唯一の機会であり、その妻との接見や信書の発受は、受刑者としての生活を送るうえで大きな慰みであると考えられるのに、その機会を奪われたため、これによる精神的な打撃は大きいものがあったと認められ(原告悟本人)、これらのことを考慮すると、本件各処分によって同原告自身が受けた精神的苦痛も金三〇万円をもって慰藉されるのが相当である。

2  原告らは、それぞれ原告ら訴訟代理人に対し、本件訴訟の提起及びその訴訟追行を委任し、その報酬の支払を約している(弁論の全趣旨)。

右の弁護士費用としては、それぞれ右1の慰謝料額の一割に相当する金額をもって相当と認める。

第三  結論

よって、原告らの被告に対する請求は、主文の限度で理由があるから認容し、その余の部分は理由がないので、これを棄却することとする。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官榮春彦 裁判官橋詰均)

別紙罪となるべき事実

原告中川悟は、昭和五六年四月富山大学経済学部経済学科に入学し、同大学に在学するものであり、いわゆる中核派の構成員又は同調者であるが、ほか多数の者と共謀のうえ、かねて同派が支援していた旧国鉄千葉動力車労働組合の、いわゆる国鉄分割・民営化反対闘争の一環として行われた「一一・二八〜二九スト」に際し、これに同調し、出動してくる警察官らの制止を排除してでも日本国有鉄道浅草橋駅(以下「浅草橋駅」という。)の施設・駅舎を破壊・焼燬することを企て、

第一 昭和六〇年一一月二九日午前六時四三分ころから同六時五六分ころまでの間、東京都千代田区東神田二丁目八番一号先路上から東京都台東区浅草橋一丁目一八番一一号の浅草橋駅に至る間の路上及び同駅駅舎内において、同所付近における違法行為の規制、検挙などの任務に従事する警察官多数の身体及び同駅駅長篠崎奎剛管理に係る同駅駅舎等の財産に対し、共同して害を加える目的をもって、多数の中核派構成員又はその同調者らにおいて、鉄パイプ及び火炎びん(ビールびんにガソリンと硫酸を入れ、その外側に塩素酸カリウムの付着した紙をまきつけて発火装置としたもの)などを携帯して集合移動し、もって、凶器を準備して集合し

第二 前同日午前六時五七分ころから、右浅草橋駅駅舎内において、ポリ容器に入ったガソリンと灯油の混合油約六五リットルを東口コンコース及び駅舎内事務室の床面などに、撒布または放置するなどしたうえ、火炎びん約二〇本を投てきするなどして発火させて右混合油などに点火して火を放ち、右篠崎ら同駅職員二一名が現在する同駅駅舎建物に着火・炎上させ、もって、火炎びんを使用して同職員らの生命、身体及び同駅駅舎等の財産に危険を生じさせるとともに、人の現在する鉄筋コンクリート等造りの同駅駅舎のうち床面積相当部分約137.17平方メートルを焼損させたほか、建物構成部分の、天井約三三〇平方メートル、屋根約一八〇平方メートル及び壁面約一五平方メートルを焼燬し

たものである。

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